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次なる挑戦6

  • Posted by: 児玉修治
  • 2008-08-09 Sat 19:00:37
  • 未分類
弟子生活の間
クラブ遊びはしてませんでしたが
kyoto jazz massiveの動向は常に気にしてました。

新しいCDはなるべく手に入れてきたし
レコードとダブって所有してるものもありました。
4年間の間に
ドンドン活動の範囲を広げ成功を収めていった
kyoto jazz massiveは
音楽に興味があり流行に敏感な人であれば
誰もが知ってるアーティストまでになっていたのです。

実際
10代の頃
好きなアーティストは?と聞かれ
僕がkyoto jazz massiveと答えると
大抵の人たちが
誰それ???
っていう感じでしたが

弟子を卒業し
美容院や都会のセレクトショップに行くと
大抵のお店でかかってるようにまでなっていました。

世間でkyoto jazz massiveが売れるということは
昔からのファンは微妙だったりするのかもしれませんが
僕は純粋に嬉しかったです。

確かに、その後kyoto jazz massiveっぽい音楽を作るような
グループやアーティストはやはり流行りに便乗して出てはきましたが
それもブレイクしたが故の宿命
それでもやはり簡単にまねのできるものではないから
消えていくし

kyoto jazz massiveの兄・沖野修也さんは
そういったフェイクにオーディエンスが騙されないよう
「DJ選曲術 ~何を考えながらDJは曲を選び、そしてつないでいるのか?~」
とか
「クラブ・ジャズ入門」
なる本まで出して
club jazz全体の底上げをされてきました。
結果、大きなCDショップでもなかったclub jazz専門コーナーが
ここ5年ぐらいでとてつもなく増えたし

数々の若いアーティストが力をつけるようになってきました。
それは今日の
DJ KAWASAKI・JAZZTRONIK・quasimode等いろんなアーティストの活躍を見れば
容易に想像ができます。

いつも新しい挑戦を続け
成功を収めてきた沖野修也さんはもはや
僕にとっていい音楽を作るからファンだ!
というレベルの次元ではなく
ジャンルは違えど(僕は陶芸家)
目指す人物になっていたのです。

こんなエピソードがあります。
2006年12月沖野修也さんが神戸のクラブでDJをすることがありました。
その月にリリースした初のソロアルバムUNITED LEGENDSをひっさげて・・・

ま~このアルバムが物凄いんですが
なんせDJが全曲作曲し
世界中のシンガーに歌の吹き込み依頼し
それから世界中のトラックメーカーにトラックを依頼するという
しかも全ての作業をメールのやり取りだけで・・・
前代未聞のCDだったんです。

沖野さんのDJが終ったあと
お話する機会があったんです15分ほど

僕:「修也さんほんと、ブレませんよね~」
  「カレコレ10年ぐらい前から 応援させていただいたますよ
  修也さんがアフロっぽいヘアスタイルの時から」

修也さん:「えっそんな前から(笑)それはレアやな~」
      「そやね~ブレてはないけど進化してんねん」
      「 KYOTO JAZZ MASSIVE っていうブランドは
       イヴサンローランとかのそれと同じ様に
       僕がいなくなっても続いていく、100年残るブランドにしたいからね」

僕:「いつか、同じ土俵に立ちます。楽しみにしててください!」

修也さん:「おお~それは楽しみやね」


いつか、どんなに時間がかかろうと
同じ土俵に上がると心に誓ったのです。

つづく

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